デス・オーバチュア
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二度あることは三度ある。 私のもっとも嫌いな言葉だ。 なぜなら、三度目には到底耐えられそうにないから……。 捨てられるのは、信じて裏切られるのは……二度も味わえば充分過ぎるからだ。 だから、私はあの男を信じない、あの男を受け入れない。 信頼などという言葉がこの世でもっとも似合わないあの男を……。 小さな少女は、金髪の少年の左胸に突き刺さった大鎌を泣き叫びながら引き抜こうとしていた。 だが、大鎌は少女の意志に逆らうように、刃を深く深く少年の左胸にえぐり込んでいく。 その時、金髪の少年は少女が信じられない言葉を口にした。 決して聞き流すことのできない言葉。 「……殺し尽くしてみろ……?」 少年の言葉に少女はなぜか無性に腹が立った。 自分が他者を殺してしまわないように、こんなに気を遣っているのに。 他者を殺してしまうことに、こんなにも心を痛めているのに。 ……解った、いいだろう、望みを叶えてやる。 望み通り殺し尽くしてやる。 少女はこの時、無意識ではない、明らかな殺意を他者に対して初めて抱いた。 「魂殺鎌っ!」 少女の目つきが変わる。 常に何かに怯えていたような瞳が、鋭すぎる殺意を宿した瞳へと豹変したのだ。 「ほう……」 少年が感嘆の声を上げる。 命を吸う速度が2倍に、3倍にと物凄い勢いで高まっていった。 「その瞳……気に入った……」 「あああああああああああああああああああああああっ!」 少女が言葉にならない叫びを上げる。 少女は理性を完全に失っていた。 いや、魂殺鎌と完全に同調していたという方が正確かもしれない。 この少年を殺し尽くす、命を吸い尽くすのだ。 同調した二つの意識が相乗効果のように力をどこまでも際限なく高めていく。 「今、お前と魂殺鎌は本当の意味で一つになった。魂殺鎌の意志はお前の意志、お前の意志は魂殺鎌の意志だ……これでもう一方的に振り回されることはない」 一筋の黄金の閃光が走った。 「……んっ!」 タナトスはベッドから跳ね起きた。 「おはよう、タナトス、まだ夜中だけどね」 荒い息を整えているタナトスの瞳に、見慣れた、ある意味見飽きたとも言える青年の姿が映る。 「……か、勝手に人の寝室に入ってくるな……」 「いまさら、そんなこと気にする仲でもないだろう。それより、悪い夢でも見たのかい、タナトス?」 金髪の青年ルーファスは、ベットのタナトスを眺めるように、窓辺にもたれかかっていた。 服装は白いズボン、裸の上半身に白いコートを羽織っているだけのラフな格好である。 コートの下に服を着ていないことを除けばいつもと変わらない格好だ。 「……どうでもいいが……ちゃんと服を着ろ……」 「こっちの方が俺にとっては基本ファッションなんだけどね……それに、最近、夜は蒸し暑いし、何よりタナトスを抱く時、脱ぐ手間が短縮で……」 タナトスは枕をルーファスに投げつける。 ルーファスは、顔面に向かって飛んでくる枕をあっさりと右手で受け止めた。 「馬鹿者! 私とお前はそういう関係ではないだろう! 冗談でもそういうことを言うなっ!」 怒鳴るタナトスの顔が微かに赤いのは怒りのためか、羞恥のためか。 「いやいや、俺としてはぜひそういう関係になりたいんだけどね」 ルーファスは苦笑を浮かべると、ゆっくりとベッドの傍まで近づいた。 「つまらない嘘をつくな……」 「俺がタナトスに嘘をついたことがあったかな?」 ルーファスはどこまでも優しげで好意的な笑みを浮かべて言う。 「ついているだろう、いつも常に……」 「へぇ、どんな嘘を?」 「……私を『愛している』という嘘だ……」 タナトスは黒曜石の瞳で、ルーファスの氷の瞳を見つめながらきっぱりと言った。 「…………」 「…………」 しばし、無言で見つめ合った後、ルーファスは激しく笑い出す。 「あはは……まったく、十年間も毎日のように愛を囁いているのにいまだに欠片も信じてもらえないとはな……お前が恐ろしく頑固なのか、俺が恐ろしく信用できない奴なのか……」 「……両方だ」 「おや? 自分の方にも問題あると認めるんだ?」 「……確かに、私は頑固というか、可愛げのない女だ……自覚はしている」 「いや、可愛くないところが可愛いんだよ、お前は」 「……何を言っている? 理解不能だ……」 「まあ、俺は媚びた奴はぶっ殺したくなるほど嫌いってだけだよ」 優しげな笑顔でそう言うルーファスの瞳は笑っていなかった。 この男のことだ、媚びてくる者が居たら、それだけで不快に感じ、本当に殺してしまうのだろう。 「良くも悪くも十年一日って感じだね、俺達は」 ルーファスはクスクスと楽しげに笑っていた。 「……変わらないものなどない……人と人の関係も……想いも……」 「そうだね、それは真理だね、タナトス」 「…………」 「だから、信じるのは怖い? 他人と深い関係になるのは嫌だ? いつか裏切られるから、人の心など簡単に心変わりするから」 ルーファスの氷の瞳が全てを見透かしたかのようにタナトスを見つめる。 「……悪いか?」 「いいや、悪くはないよ。他人を信じられないのは悲しい生き方だなんて甘ちゃんなことは言わない。寧ろ、疑うことを知らないのは余程幸せな奴か、救いようのない愚か者だな」 「…………」 「ただ、俺のこと『だけ』は信じて欲しいな、他は全て信じなくてもいいから」 ルーファスはタナトスの顎を右手でそっと掴み、上を向かせた。 そして、自らの顔をタナトスの顔にゆっくりと近づけて……。 「お前が一番が一番信じられない……」 「……きついね」 ルーファスは一瞬、寂しげにも楽しげにも見える複雑な微笑を浮かべると、タナトスの顎を手放し、顔を近づけるのをやめた。 「……信じて欲しいなら、いい加減正体をバラしたらどうだ? お前は『何』んだ、ルーファス?」 タナトスは鋭い眼差しをルーファスに向ける。 「ゴールディ・クリア・エンジェリック、クリア国最大にして最古の公爵家の現当主……まあ、ハイオールド家のお隣さんでもあるな」 「あの後、いきなり屋敷ごと引っ越して来ただけだろうが……」 「少しでもお前の傍に居たかったんでね」 「…………」 タナトスは呆れと疲れの混じったため息を吐いた。 「地位も名誉も財力もいくらでもあって、美形で天才でなんでも器用にこなす……我ながら完璧すぎるよな……こんな俺のどこに不満がある、タナトス?」 「性格、人間性……」 「……いや、それはだな、性格なんてのは偽善者より、悪っぽい方がモテるんだぞ、うん」 「…………」 「……で、人間性ってのは俺に求めるのは間違ってないか、根本的に……」 「……確かにな、人間でないモノに人間性を求めるだけ無意味か……」 「そういうこと」 ルーファスはわざとらしく肩をすくめると、ベッドから離れ、テーブルからイスをひき、座り込む。 「さて、寝なおしたいというなら話は別だが、怖い悪夢を見たばかりで眠れないんだろう? どうだ、飲みながら話さないか?」 ルーファスはコートの仲から酒瓶を取り出すとテーブルの上に置いた。 「むっ……それは!?」 「お前の好きな極東酒の上物だぞ」 ルーファスは、おいでおいでといった感じで手招きする。 「むぅ……仕方ない、つきあってやる」 タナトスはベッドから立ち上がると、テーブルまで移動し、ルーファスと向き合う形でイスに座った。 ルーファスは、タナトスの前に置いたコップに極東酒を注ぐ。 「……ふう、で、結局、お前は何だ、ルーファス?」 タナトスはコップ一杯分の酒を一気に飲み干すと、尋ねた。 「何って、だから、ゴール……」 「人間としての……仮の素性じゃない、私が聞きたいのは……」 「仮ってのは酷いな、お前に会うまでの約十四年間はホントに人間やってたんだけどね」 ルーファスは極東酒を手酌しながら答える。 「……例の『昼寝』というやつか……?」 「そう、人間として過ごした十四年間、戯れのシエスタ……それをこいつが叩き起こしやがった」 ルーファスは左手の甲にある奇妙な金色の紋章をタナトスに見せつけた。 「さらに、こいつがお前の所、正確には魂殺鎌の所へと導きやがった。おれが覚醒したのも、お前に出会ったのも、全てこいつの思惑通りなのかもしれないな……そう考えると結構ムカツクか?」、 ルーファスは右手の人差し指で、自らの左手の甲を弾く。 「……神剣の導きか……そういえば、神剣同士はひかれ合うと……あの男は言っていたな……」 「それはある意味では正しく、ある意味では間違っているな。十神剣は一人の男が創りだした『姉妹』と言ってもいい存在……互いの存在を感知することもできる。そして、性と定めを持つ……」 「性と定め?」 ルーファスはタナトスの疑問には答えず、酒に口をつけた。 「だが、感知や共鳴する性質を持つとはいえ、一本あれば十本揃えるのは容易いかと言えばそうではない。主人無しでの休眠状態、契約した主人の中にエネルギー体として溶け込んでいる状態の波動は限りなく弱く、余程近くにまで行かなければ感知することもままならない」 「……つまり、抜き身で振り回されている状態がもっとも感知しやすいということだな?」 「そうだ、能力を使っている場合はさらに分かり易い。俺が、魂殺鎌を暴走させていたお前を見つけたようにな」 「……もう昔の話だ」 「酷いな、俺とお前の運命の出会いの話じゃないか。忘れたのか?」 「……忘れたくても忘れられないさ……さっきも夢で見たばかりだ……」 「なるほど、それで悪夢ってわけね……でも、悪夢はあんまりだよ、タナトス」 「……むっ、もう無いのか?」 わざとらしく傷ついたフリをしているルーファスなど無視して、タナトスは空になった酒瓶を振っている。 「結局、コクマの奴も、四千年もかかって、自分の契約したトゥールフレイム(真実の炎)以外で見つけて、さらに手に入れられたのは魂殺鎌一本だけだしな」 「んっ……」 タナトスは自分の左手の甲を見つめた。 甲に薄く黒い紋章が浮かび上がる。 「まあ、所在地ぐらいはだいたい察しはついてるんだろうがな……」 「所在地?」 「他の神剣の所在さ。十番目とアースブレイド(大地の刃)以外は大方の見当はついている」 「アースブレイド?」 「第一期、原初の四種の神剣の一つ、アースブレイド……アレだけは欠片も見当もつかないんだよね。歴史の表にも裏にも一度も名前すら出てきたことないしね」 「ふむ……他は解るのか?」 「ああ、光を制す者、光輝炉、光の女神、ライトヴェスタ(光の竈)。死を下す者、魂を喰ら尽くす者、ソウルスレイヤー(魂殺の大鎌)こと魂殺鎌(こんさつがい)の二つはここにあるだろう」 ルーファスは金色の紋章の浮かび上がる左の甲をかざした。 「で、あの馬鹿が持っているのが、絶対の監視者、運命を弄ぶ者、必然たる偶然、遍在する女神、トゥルーフレイム(真実の炎)」 「……トゥルーフレイム……アトロポス……良く知っている……」 「ああ、そうだったな。あの男と遍在する女神についてはお前の方が詳しいだろうな。で、他に今、中央大陸に居るのは……バイオレントドーン(凶暴なる黎明)とスカイバスター(天空の撲滅者)ぐらいかな? とりあえずは……」 「とりあえず?」 「この調子で神剣同士がぶつかり合ったりしていたら、残りの神剣も惹かれるようにやってきかねないってことさ。タイムブレイカー(刻の破壊者)はまだしも、ダークマザー(闇の聖母)とサイレントナイト(静寂の夜)は近い場所にあるからな……」 「近い?」 ルーファスはコートの内ポケットから酒瓶を取り出す。 酒瓶がそんな所に入る大きさじゃない!……などと今更この男にツッコミを入れる気はタナトスにはなかった。 「ビールで良ければまだあるぞ、飲む?」 「……貰おう」 ルーファスは、タナトスが差し出したコップにビールを注ぎ込む。 「問題は『北』だよ。数年前までスカイバスターを含めて三本の神剣があの皇国にあったのさ。流石のあの馬鹿も安易に手を出せなかったんだろうね、あそこには」 「……ガルディア皇国……」 「スカイバスターは皇国の秘宝として厳重に封印されていたし、ダークマザーとサイレントナイトはガルディア十三騎の中の二人が持ってたんだよね」 「ぶっ……」 タナトスは思わず口に含んだビールを吐き出しそうになった。 「いくら、あの馬鹿が四千年を生きた化物とはいえ、一人でガルディアを敵に回せるわけがない……この俺だって、ガルディアを一人で相手にするのはできれば遠慮したいね」 ルーファスは、まあ、負けはしないけどね、と付け足す。 「……十三騎か……一対一でも勝てるかどうか、私では怪しいな……」 一人ずつなら勝てる可能性もあるかもしれないが、全員を、国を相手にするのは絶対に無理だ。 ガルディア皇国と比べたら、中央大陸の影の支配者、管理者たる「クリア」も中央大陸最悪の秘密結社「ファントム」も西方大陸最強の「マスターズ」も大きく見劣りしてしまう。 なぜなら、規模が根本的に違いすぎるのだ。 クリアやファントムは所詮、中央大陸の中の一国、あるいは一勢力にすぎない。 だが、ガルディアとは国の名前であると共に、北方大陸全てを指すのだ。 ガルディアに戦いを挑むなら、最低でも自らの生きる大陸を統一して戦力を整えてからでなければ話にもならないだろう。 「しかも、サイレントナイトの使い手は、十三騎の中でもよりよってあのガイ・リフレインだ」 「……それはまた最悪というか……なんというか……」 ガルディア十三騎の恐ろしさはともかく、十三騎それぞれの名前や経歴はそれ程知れ渡っているわけではなかった。 ガルディア女王直属の十三人の使徒にして騎士。 彼等が表に出ることは少なく、ましてその詳細が別の大陸にまで知れ渡っているわけがなかった。 だが、ガイ・リフレインだけは別である。 大陸一の剣士、黄金騎士と言った北方大陸での異名や称号だけではなく、西方大陸のマスターズの中のソードマスターの資格まで有する男。 地上で、あるいは人間の中でもっとも強い剣士は誰かと尋ねれば百人中九十九人がガイ・リフレインの名をあげるだろう。 「まあ、とりあえずは俺達には関係ないさ。北もそうそう干渉してこないだろう、こちらから干渉しない限りは……うむ、どうも俺はビールってのはあまり好きになれないな、ワインの方がいい」 「……しっかり、飲み干しておきながら言う言葉か?」 ルーファスはコートの中からさらに数本のビール瓶とワインボトルを取り出した。 「……いまさら、どういう原理だとか聞くだけ馬鹿らしいが……」 「ああ、別にどっかから盗んだりとかしていないから心配するな。俺の屋敷から転送しているだけだから」 「……む、極東酒はお前の屋敷にも一本も残っていないのか?」 「俺はワイン派だし、ビールぐらいならお前用に常に用意してあるが、極東酒は流石にね、レア(希少品)だし……」 極東酒はその名の通り、東方大陸のさらに最東の島国でしか作られていない酒だ。 中央大陸でも自ら生産されているワインやビールと違って、僅かな輸入物しか存在しない。 「ほら、中央大陸って一応鎖国みたいな感じだしさ……」 「むぅ……」 不満そうに頬を膨らませるタナトスを、ルーファスは愛おしげに見つめていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |